東京地方裁判所 昭和30年(ソ)42号 決定 1955年10月05日
抗告人 松下弘 外一名
相手方 原瀬万次郎
主文
本件抗告を棄却する。
理由
本件抗告理由の要旨は、次のとおりである。
債権者(相手方)、債務者(抗告人)等間の東京簡易裁判所昭和三〇年(ト)第二三一号株主権行使仮処分申請事件につき同庁が同年八月三〇日した仮処分決定に対し、抗告人等は、仮処分異議の申立をなし、かつ、右執行の取消を求めたところ、同庁は「仮の処分を以て仮処分裁判の執行を取消すことは許されず、民訴法第五一二条、第五〇〇条はこの場合準用されない。」との理由で右申立を却下した。しかし仮処分裁判の内容が権利保全の範囲を超えて債権者にその終局的満足を得しめ、若しくはその執行により債務者に対し回復することのできない損害を生ぜしめる虞のある場合には、右法条を準用して債務者を救済すべきものである。
前記株主権行使の仮処分決定は抗告人松下と相手方との何れに帰属すべきか争のある抗告人会社の株式一八五株につき、相手方の株主権の行使を仮に認めたものであつて、右に云う終局的満足を得せしめる仮処分であること明らかである。又相手方は「抗告人会社の実質上の株主は相手方及び坊秀男の両名丈であつて、それぞれ一、〇〇〇株宛を所有し、各その持株数の一部を割愛して抗告人松下外五名の名義を借り会社設立手続の便宜を計つたものにすぎない。」と主張しながら、昭和三〇年一〇月六日午前一〇時に開催される同会社の役員改選を議題とする臨時株主総会に於て、株主名簿上の形式的株主に過ぎぬ高橋悌三の株式一〇株をも加え一、〇一〇株の株主権を行使し発行済株式二〇〇〇株中過半数を制し同会社を支配しようとしている。よつて右仮処分の執行により、抗告人等は回復すべからざる損害を蒙る虞が十分である。
従つて右のような仮処分決定に対し異議の申立が為された場合、民訴法第五一二条の準用があることは当然のことと云うべきであり、又右仮処分は決定の送達により執行されたものであるから、原決定を取り消した上、右執行の取消を求める。
よつて判断するに、仮処分の裁判に対しては、異議又は上訴の提起があつても原則としてその執行の停止又は強制処分の取消を為し得ないけれども、右裁判の内容が権利保全の範囲を逸脱し又はその執行により債務者に回復し得ない損害を蒙らしめる虞ある場合、民訴法第五一二条、第五〇〇条を準用して執行の停止又は強制処分の取消をなし得ることは抗告人等主張のとおりである。
抗告人等は原審のした仮処分決定の執行についてもその取消を求め得る旨主張するけれども、執行の取消をなし得るのは、執行の完了する以前であることを要するのは勿論であつて、その執行が債務名義により給付請求権を強制的に実現する場合に限り、而もその執行の完了する前であることを要するものと解しなければならない。けだし、この取消の裁判はこれを当事者その他の者に送達することにより直ちにその効力を発生するものではなくして、民訴法第五五〇条第二号、第五五一条により、この裁判の正本を執行機関に提出し、執行機関をして強制処分の取消をなさしめることによつてのみその目的を達し得るものであるからである。
然るに本件仮処分決定は、「相手方たる債権者に、株式会社財政経済弘報社の株式中、その引受に係る八一五株の外、抗告人たる債務者松下弘より移転を受けた一八五株の株主権を仮に行使せしめる。」というにあつて、その内容は形成の裁判に外ならずして、給付請求権を実現することを目的とするものではない。
而も、この裁判は告知により効力を発生すると同時にその裁判の内容は完全に実現せられ、いわば広義の執行は完了したものであつて裁判の告知以外に強制処分の観念を容るる余地は全くなく従つて強制処分の取消をなし得べき場合に該当しない。
よつて爾余の点につき判断する迄もなく本件抗告は失当として棄却すべきものとし、主文のとおり決定する。
(裁判官 岡部行男 安倍正三 宍戸清七)